第6章 就職そして逝去 エピソード17ー3 権現様と昔のお嬢様(その2) [第6章 就職そして逝去[Work&Death]]
黒い獅子頭を抱えた袴姿の行列が見えてきた。いよいよ、「おがみ神社」法霊神楽の「一斉歯打ち」だ。左右に分かれて進んでいた二十人ほどの獅子頭が、辻に差しかかるや静かに円陣の態勢になる。
気の早いお年寄りは、早くも両手を合わせて拝んでいる。舞手が高く獅子頭を持ち上げ幕をかぶる。
カン カカン カ カン・・・・・
「一斉歯打ち」の乾いた木の音が辺りに響きわたる。
多分「権現舞」の一部なのだろう。コウは、涙腺が緩んだのを自覚しながら、リズミカルな「一斉歯打ち」が自分の災いも払ってくれるようにと願いながらシャッターを切った。
「一斉歯打ち」が終わり拍手が鳴る中、舞手たちは移動を再開した。観客の頭をかじりながら移動する舞手もいる。年配の人は我も我もと頭を差し出す。
コウが山伏神楽の人たちの横を移動しながら、先程の古い大店の所まで戻ると、玄関前の椅子には一人の女性が座っていた。
良く見ると、きれいに歳をとった和服の女性だった。道路から一段高い玄関の石段に、内輪を持って品良く座っている。
その高齢の女性の前を法霊神楽の一団が通りすぎようとしたとき、小柄な一人の舞手が一団の後ろから抜け、女性の前に進んだ。
軽く会釈すると獅子頭を被り、踊った。女性は、静かに見ていた。その周りだけ涼しい風が流れた。短めの権現舞だったが、十分に感動させた。
舞い終わるころを見計らって、先程の割烹着の使用人が御祝儀をお嬢様に渡し、お嬢様は舞手に渡した。
舞手は、お辞儀をして背中を少し丸めて仲間の所に戻っていった。
コウは、今年は良い「お通り」を見ることが出来たと思った。(Fin)
第6章 就職そして逝去 エピソード17ー2 権現様と昔のお嬢様(その1) [第6章 就職そして逝去[Work&Death]]
ポン!ポン!っと昼玉が上がった。
三社大祭の山車行列出発だ。
コウは見物客の後ろで汗を拭いた。今日は、「お通り」なのだが出発地点の市庁舎から500メートル以上離れた新荒町の日陰で待つことにした。
多分、先頭の「神明宮」行列が見えるのは30分以上かかると思われた。
交通規制された道路脇には、観客達がアウトドア用のカラーシートや折り畳み椅子などでそれぞれ陣取っている。
ふと、その道路の向かい側の大きな家の玄関を見ると、割烹着姿のおばさんがパイプ椅子を一個、玄関前の中央に運んでいた。ちょうど観客と玄関のぽっかりと開いた空間である。玄関は古めかしい両引き戸であった。良く見ると塀がなく、窓に格子が付いていて、一昔前の大店のような木造の商店にも見える。
視線を戻して、御神輿行列の先駆けを探す。汗がカメラに付かない様にしながら、しばらく待っていると繁華街の方から大太鼓の音が響いてきた。
この街は、小さいながら城下町の面影を残している。なので、道路は入り組んで狭いのだ。鉤形の通りの向こうに、袴姿や神楽や馬に乗った行列が見えてきた。
コウは、手前の交差点の近くに移動した。辻の辺りが祭りの見せ場なのだ。ゆったりと武者押しや旗指物が通る。
三社大祭は、稚児行列に引かれた山車がメインで、辻では、細工された山車の中央の飾りが上下したり、両翼が開いて勇壮な構えを魅せる。
そして、交差点では、神楽、獅子舞、虎舞がのびのびと演技をする。その中でもコウは、特に山伏神楽を好んでいた。
もう一時間が過ぎている。やっと「おがみ神社」の行列が見えてきた。「法霊さん」だ。法霊明神は竜神で、三社のうちでは最も古いというのを、最近、コウは知った。県外の仕事を辞めて帰郷してくるまで、地元の行事の歴史などは余り知らなかったが、最近デジタルカメラを買ってから、知識を増やした。
「法霊さん」の獅子大神楽が赤い獅子頭を揺らしながら、通り道を清めている。虎舞の虎は、ささらを持った子供と戯れたり、背に乗せながら踊っている。
虎は踊り終わると、沿道の観客の頭を噛みに回る。縁起がいいのだが、中には泣きだす小さな子もいる。コウは、次々とシャッターを切ったが、山伏神楽のためにバッテリーを残した。
第6章 就職そして逝去 エピソード15―2 おじいちゃんの光 [第6章 就職そして逝去[Work&Death]]
3月11日の津波の後、コウは仕事が休みのときにコツコツと実家の庭や畑の片づけをしました。というのは、コウは花や果樹を育てるのが好きだったので、実家の庭に栗やキウイなどを植えていました。また、父親の畑の一部にユリ等を植えたり、小さな温室で蘭やサボテンを育てたりもしていたのです。
しかし、津波の泥水と塩分で庭の植物は衰弱してしまいました。ざくろの幼木は成長が止まってしまいました。
ある日の日没、汚れたソーラーライトやゴミを集積した場所を片づけていました。庭に立てていたソーラーライトも泥水に汚れて見すぼらしくなっていました。
早く片づけてアパートに帰ろうと仕分していると、一本のソーラーライトが光を放っていました。
まだ、「充電が生きていた」と考えながら、思わず近くにあった長い鉄のパイプにとがった先を固定しました。そして、家の窓の近くの地面に挿しました。見上げたソーラーライトは窓ガラスに反射して2個有るように見え、藍色の空に燦然と輝きました。
すると、コウの眼には涙がにじんできて・・・思わず、
「・・・おじいちゃん」
とつぶやきました。
脳裏に、子供のとき母方のシードおじいちゃんの家で、夜に見た電球のまぶしさと頼もしさが蘇りました。
第6章 就職そして逝去 エピソード20 お墓参り [第6章 就職そして逝去[Work&Death]]
ろうそくと線香に火を付けながら、長男のレイがヨシに
尋ねました。
「ねえ、お父さん。コウおじさんて子供のときはどんな
「ねえ、お父さん。コウおじさんて子供のときはどんな
子供だったの?」
ヨシは、墓地から見える海の方を見ながらゆっくりと
答えました。
「泣いてばかりいる子供だったよ。赤ちゃんのときは、
おばあちゃんを探して泣いてばかりいたそうだし、
ヨシは、墓地から見える海の方を見ながらゆっくりと
答えました。
「泣いてばかりいる子供だったよ。赤ちゃんのときは、
おばあちゃんを探して泣いてばかりいたそうだし、
おじいちゃんと三人で薪拾いに行ったときは、波にさらわれた
お父さんが泣いたけど、帰り道二人で手をつないで帰った
ときは、コウだけがずっと泣いていたそうだ。
それから、シードおじいちゃんの家のお風呂場でお父さんの
それから、シードおじいちゃんの家のお風呂場でお父さんの
足に釘が刺さったときも、コウのほうがずっと泣いていたらしい。
いつも、ほかの人のために泣いていたのかな。」
いつも、ほかの人のために泣いていたのかな。」
車椅子のダダは、静かにタミとコウと生まれてすぐに
亡くなった娘の墓を見続けていました。
末っ子のユカが言いました。
「でも、おじちゃんは心がきれいな人だった。大人になっても
純粋なまま生きてこられて、幸せだったんじゃないかな。」
「そうだな。アパートに残された、たくさんの絵を見れば
「そうだな。アパートに残された、たくさんの絵を見れば
分かるよな。あの絵を家に飾ろう。クローバーの里の
小さな家に。」
とヨシが言いました。家族たちは、小さくうなずきました。
第6章 就職そして逝去 エピソード19 お迎え [第6章 就職そして逝去[Work&Death]]
その日、コウは朝から少し体の調子が良くないなと感じましたが、そのまま、仕事に出掛けました。お天気は、まあまあで、少し日が差して明るい朝だったからです。
会社に着くと、いつもの様に大型トラックに乗って仕事を始めました。でも、高速道路に上がって少し運転していると、どんどん頭痛と吐き気がしてきました。
コウは、ハザードランプをつけ路肩に車を止めました。少し休んでいるうちに急に天気が悪くなって外は真っ暗になりました。
コウは、ハザードランプをつけ路肩に車を止めました。少し休んでいるうちに急に天気が悪くなって外は真っ暗になりました。
コウは、実家の近くの川辺に似た所にいました。
ふと、隣を見るとタミもいました。タミは、髪の長い小さな子どもを抱っこしていました。
「母さん、どうしたの?」
「迎えにきたんだよ。」
ふと、隣を見るとタミもいました。タミは、髪の長い小さな子どもを抱っこしていました。
「母さん、どうしたの?」
「迎えにきたんだよ。」
コウは、少し考えていました。
「母さん、その子は僕の妹?僕は、死んでしまったの?」
「そうだよ」
と返事をしたタミの腕の中で、小さな妹は微笑んでいました。
「仕事のトラックはどうなったんだろう。」
「大丈夫、近くを通った運転手の人が連絡してくれたよ。お前も、救急車で運ばれたけど助からなかったのさ。」
「そうか、大きな事故にならなくて良かったよ。」
「母さん、その子は僕の妹?僕は、死んでしまったの?」
「そうだよ」
と返事をしたタミの腕の中で、小さな妹は微笑んでいました。
「仕事のトラックはどうなったんだろう。」
「大丈夫、近くを通った運転手の人が連絡してくれたよ。お前も、救急車で運ばれたけど助からなかったのさ。」
「そうか、大きな事故にならなくて良かったよ。」
コウは、また少し考えていました。
「母さん。母さんが寝たきりで入院していたとき、チューブで食事を流し込んでいたろ。あれって、味気なくて苦しくて、人生つまらないよね。僕も、胆石で入院して点滴だけの時、やっと気がついたんだ。」
「そうかい。」
タミも、やさしく微笑みました。
「そろそろ、みんなの所にいこうか。」
「ああ」とコウは言い、
「母さん、そこはクローバーが生えているだろうか。」
と聞きました。
「それがお前の望みなら、お前の心の真ん中から辺り一面にクローバーが広がるよ。」
コウは、顔も覚えていないキチおじいちゃんに会えると思い、嬉しい気持ちが沸き上がってきました。
第6章 就職そして逝去 エピソード18 コウの入院 [第6章 就職そして逝去[Work&Death]]
第6章 就職そして逝去 エピソード17 運転手に転職 [第6章 就職そして逝去[Work&Death]]
コウは、長距離トラックの運転手になりました。コウは、ヨシの子どもたちにいろいろな支援をしました。
というのは、ヨシ夫婦が共働きで忙しかったからです。休みの日には、子どもたちを買い物に連れて行ったり、スポーツ大会の送り迎えや入学の祝いもしました。コウは、自分のためのお金は、絵を描く分があれば十分でした。
ある日、甥のレイとロジの孫のヒロ達が加入しているサッカーチームの試合の応援に行きました。二人のチームは市内の大会で優勝しました。レイが、休憩のとき汗を拭きながら言いました。
「おじちゃん、生きているってすばらしいことだね。」
それを聞いた、コウは、
「ああ。」
と答え、足元に広がるクローバーをぼんやりと見ながらいろんなことを考えました。
「おじちゃん、生きているってすばらしいことだね。」
それを聞いた、コウは、
「ああ。」
と答え、足元に広がるクローバーをぼんやりと見ながらいろんなことを考えました。
第6章 就職そして逝去 エピソード16 津波とタミの逝去(その2) [第6章 就職そして逝去[Work&Death]]
地震の傷跡の中でタミが亡くなった後、コウは、昼夜交代の仕事に就いていました。その日は、夜勤でした。寝坊して、あわてて起きて、お弁当を買いにスーパーに行きました。
お弁当をかごに入れてレジに並ぶとずいぶんと混んでいました。コウは、面倒くさくなりレジを迂回してそのまま駐車場に行きました。店を出てすぐに、後ろから声を掛けられました。
それは、万引きを見張っているお店の人でした。コウは、警察の人に引き渡されました。
初めてのことだったので、注意をされ、弟のヨシに引き取りにきてもらいました。
コウは、実家に戻るとダダとヨシに頭を下げて謝りました。そして、亡くなったタミにも親不孝したことを謝りました。仕事を無断欠勤した後、しばらくして、コウは、仕事を替えました。
お弁当をかごに入れてレジに並ぶとずいぶんと混んでいました。コウは、面倒くさくなりレジを迂回してそのまま駐車場に行きました。店を出てすぐに、後ろから声を掛けられました。
それは、万引きを見張っているお店の人でした。コウは、警察の人に引き渡されました。
初めてのことだったので、注意をされ、弟のヨシに引き取りにきてもらいました。
コウは、実家に戻るとダダとヨシに頭を下げて謝りました。そして、亡くなったタミにも親不孝したことを謝りました。仕事を無断欠勤した後、しばらくして、コウは、仕事を替えました。