コウは陸上部に入りました。チームプレイは無理な気がしましたし、何よりもサッカーとか野球等はお金が掛かりそうでした。

しかし、陸上部のトレーニングは地味で辛いものでした。コウは夏が終わる頃には、時々練習を休むようになりました。

 そして、夕暮れに涼しい風が吹く頃、自転車に乗って家出をしました。学校から早めに帰宅すると、うさぎの餌を刈っていた畦道から川の土手に上がり、自転車にまたがると夕日の方向に出発しました。

当分の食料はジュースのビンに「干し餅」を砕いて詰めました。水は持ちませんでした。

コウは遠くに見えるあの山々を超えれば新しい世界で忍者の様に暮らせるかもしれないと思っていました。きっと誰かが待っている。父も母も働いてばかりいて、会話らしい会話はありませんでした。コウが質問しても、期待した答えは返って来ませんでした。コウは新しい世界で自分なりの修行をしてサスケの様に生きられるに違いないと思いました。きっと仲間が待っていると。




しかし、上流に向かって走ると夕日はどんどん沈んで追いつくことが出来ませんでした。風も大分涼しくなって、コウは少し心細くなりました。それでも勇気を出して、時々休みながら西へ西へと走りましたが、日は沈みきり、家々の灯は増えるばかりで、いつまで走っても山の麓には着きませんでした。

 コウは休んで干し餅を食べました。黒い鳥が自分たちの巣に戻るのを眺め終わって、西へ出発しようと自転車を踏み出した時、ガクンとチェーンベルトが空回りしました。チェーンが切れてしまったのです。



コウは、とぼとぼと自転車を押して自分の家の方に歩きだしました。家に着く頃にはすっかり暗くなっていました。薄暗い中に自分の家の灯を見つけた時、コウは内心ホッとしました。