ある日ダダは、息子夫婦を連れて老人ホームに入居している姉を訪ねました。

ダダがカチ姉さんに会うのは数カ月ぶりでした。カチの夫が死んでからは、隣町に住むカチの家に自分の自転車で時々会いに行っていました。

しかし、ダダも歳を重ね老人ホームも遠いので、今日は息子の車で会いに来たのでした。




 個室でぼんやりとベッドに座って居る姉の顔色は良く、元気そうでした。自宅で畑仕事をしているときはずいぶんと日焼けをしていましたが今はそれほどでもありません。

 ダダは、カチの養子の娘から「最近、母はぼけてきたようだ」と聞いたことを思い出しました。

カチは二人の息子を産みましたが、二人とも結婚をする年齢に成ってから亡くなってしまいました。






 個室ではダダの息子夫婦が、カチの様子を見ながらぽつりぽつりと話しかけていました。息子夫婦と孫たちは、カチの事を「うさぎのおばさん」と呼んでいました。ホームに入所する前は、自宅でうさぎを飼っていたからです。

カチは、ダダの小さな孫たちが遊びに行くと時々お小遣いを紙幣でくれました。夫の遺族年金で質素に暮らしているカチは、お金に執着がありませんでした。土地も畑も手に負えないくらい有って困っているほどでした。




 ダダも話しかけているうちに、カチが急に泣きだしました。

「おらのカッチャが死んだのに、おらを死に目に会わせてくれない。おらカッチャに会いたいよ・・・」

と涙をぼろぼろ流し続けました。

カチやダダの母親は、20年くらいに亡くなっていて、お葬式にも出たのですが、臨終のとき間に合ったかはダダも覚えていませんでした。

若いときに嫁に行って黙々と働いてきた苦労を忘れて、心はすっかり自分の生家に居るときの子供の時代に戻ってしまっているのでした。






 ダダはふと昔のことを思い出しました。カチとダダは年が離れているので、自分がヨチヨチ歩きの頃は、良く姉のカチが背中におんぶひもで背負って面倒をみたと周りから聞かされていました。

大人たちは農作業で出掛けて留守で、一番上のカチ姉さんがいつも子守役だったのです。

ダダはそんなことを思い出しながら何も言えぬまま、カチが涙を拭いてもらっているのを見守っていました。